だらだら書いていた旅行記もあとは帰るだけとなりました。
毎度帰る日は乗り過ごしが怖くて細切れに寝たり起きたりを繰り返し、
本格的に眠くなってきた5時に起床。
6時過ぎにチェックアウトするとやる気のなさそうな白人おじさんが雑な対応で、
タクシー拾う?と聞いてきたので電車で空港に行くからタクシー要らない、と答えると、
じゃ、あとは何もないから、気を付けて、だって。
すみません、レシートくださいって言うと、あ、そっかと思い出したようにレシートを印字して
渡してくれましたが、展示会で高騰しているとはいえこの雑なビジネスホテル、
タイミングを間違ったな、としみじみ思いました。。。
本格的に眠くなってきた5時に起床。
6時過ぎにチェックアウトするとやる気のなさそうな白人おじさんが雑な対応で、
タクシー拾う?と聞いてきたので電車で空港に行くからタクシー要らない、と答えると、
じゃ、あとは何もないから、気を付けて、だって。
すみません、レシートくださいって言うと、あ、そっかと思い出したようにレシートを印字して
渡してくれましたが、展示会で高騰しているとはいえこの雑なビジネスホテル、
タイミングを間違ったな、としみじみ思いました。。。
変わった形のビルだから迷わないだろうと思ったら、他のビルに隠れて見えず、
きょろきょろしていたらサラリーマンのおじさんがどこにいくの?と聞いてくれて、
オヘア空港に電車で行こうtお思って、と答えると、そこに通りかかったおばちゃん2人が、
私たちも駅に行くからついていらっしゃいと連れていってくれました。
逆方向でした。(笑)
おばちゃんたちは手前の階段のみの入口から入り、
向こうにエレベータがあるからそれでいきなさい、と教えてくれました。
アメリカにもいい人っているんだ。(当たり前か)
この線だけ改札の場所が遠くにあって若干迷いますが、
エスカレータでのぼって改札に入り、
ま、階段でスーツケースもって運ぶのを考えたら便利です。
今の中国の航空会社はどこか洗練されていますが、大学生の頃に乗った
中国民航のぼろぼろボーイング(747)のことを思い出すと隔世の感ありです。
JALはT3なのでてくてく歩いて移動します。
いろいろな国の国旗が並んでいました。この2005年ってなんだろう。
セルビアモンテネグロが解体したのは2006年だし。
早く着き過ぎたのでしばしベンチで待った後は、
ファーストクラスのおじさんが伊丹までいくんだけど台風で行けるかな、と
しつこくグランドスタッフに聞いていましたが、現状では定刻通りとしか答えられず
なんか気の毒だなあって思いながら、保安検査では久しぶりの360度スキャンを受け、
以前出張でシカゴオヘア空港を使っていたときはJALのターミナルはここではなく、
到着はT5(昔の出発もここかな)出発はT3という、どうして分けているのか謎ですが、
以前はチェックインカウンターの近くの保安検査場をとおるとすぐラウンジって感じで、
ただ、こんなご時世航空会社がラウンジを維持するもの大変でしょうし、
現在ではAAのアドミラルクラブを使うように言われます。
Wi-Fiのパスワード、アルコール一杯(しか無料じゃない( 一一))、と
日系と違って米系のラウンジにはそんなに食べるものがないので、
こうやって軽食と引き換えてという心遣いです。
事前に調べたら助六らしいので、パンはある?と聞いて、
引き換えてくれるカウンターではハンバーガーやカリフォルニアロールなども
有料で提供されています。
ゆったり過ごさせていただき、搭乗時間が近づいてきたので途中でお水のペットボトルを買うと、
1リットルで5ドル弱。(;一_一) 高すぎる、、、と思いながらゲートに向かいます。
(つづく)
この記事へのコメント